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神戸家庭裁判所 昭和40年(家)249号 審判

申立人 山田一郎(仮名)

相手方 山田和子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

本件申立の要旨は、「申立人と相手方とは現在別居中であるが、申立人としては相手方と離婚する意思は全くなく、子供もあることだから、相手方は速かに申立人の許に復帰して申立人と同居することを求める。」というのである。

当庁昭和三九年(家イ)第一〇九八号夫婦関係調整調停事件の記録、当庁調査官作成の調査報告書、山田克男、元川ゆきえ、申立人及び相手方の各審問の結果を総合すれば、

一、申立人は高校卒業後家業である農業を手伝つていたが多少不良性を帯び警察で取調べを受けたこともあり、申立人の父はこれを心配し、申立人を結婚させたら申立人の素行も治まるだろうと考え、申立人の結婚についてあせり気味であつたところ、昭和三六年一二月頃川上市男に申立人と相手方との縁談をすすめられたこと。

二、その頃相手方も川上市男に申立人との結婚をすすめられ、昭和三七年一月一日申立人と見合をしたが、申立人の父及び川上がこの結婚を急ぐので数日後申立人と相手方との婚姻届をしたこと、ところが申立人の風評が芳しくなかつたので相手方の母はこの縁談をことわりに行つた際ことわる理由として申立人に前科がある旨口外したため、申立人側と相手方側との間は険悪になり、申立人の父は申立人には前科がないことを強調するとともに申立人と相手方との結婚をますます迫り、相手方の母は親戚の者よりこのまま相手方が申立人と結婚しなければ罪になるとおどかされたことがあつて、相手方は申立人と結婚せざるを得ないようになり、遂に昭和四〇年一月末頃に申立人と結婚式を挙げたこと。

三、申立人と相手方とは結婚後は申立人の家族と同居して婚姻生活を始め、当初は平穏な生活であつたが、まもなく申立人は家庭の外で飲酒するようになり屡々夜遅く帰宅したこと、しかも飲酒代金を持ち合わせない場合はその不足代金を相手方の実家より借用し、はては飲酒すると相手方の兄をしつこく電話で呼出し、同人がこれを拒否すると迎えに行き同人を困らせたことがあつたこと、一方相手方が長男を出産した際、実家より送られてきたベビータンスと鯉のぼりに対し申立人の両親は不満を述べたこと、又相手方は申立人の父から平素より申立人に飲酒させずに貯金するように言われていたのに拘らず申立人はこれに従わず上記のように飲酒する状態で相手方の精神的負担は軽くなかつたこと。

四、申立人は単車の無免許運転で罰金に処せられたのにこれにこりず、さらに昭和三九年七月頃飲酒のうえ人を乗せて単車を運転して、事故を起こし、頭部打撲で意識不明となつて入院し、そのため同年一〇月に又罰金に処せられこれを相手方の実家に借用に行つたがことわられたこと、それで申立人は飲酒して相手方の兄に何回も電話をかけていやがらせをしたこと、そしてその晩帰宅し相手方に対し「お前はお前の道を行け、わしはわしの道を行く」と言つたため、相手方は申立人の今迄の行状に対する不満と相俟つて申立人に対する信頼感をすつかり失い、申立人と別れる決心をして申立人の家を出、それ以来申立人と相手方とは別居していること。

五、その後相手方は、申立人に対し離婚を求めたが申立人は応じなかつたので昭和三九年一二月二五日当庁に申立人に対し離婚調停の申立(当庁昭和三九年(家イ)第一〇九八号)をしたが同事件は昭和四〇年二月一一日不成立となつたこと、申立人はその不成立となる前の同年二月四日相手方に対し同居を求めて本件調停の申立をしたが同年二月一一日不成立となり審判手続に移行したこと。

が認められる。

そこで考えてみると、夫婦の一方が他方よりの同居の請求を拒否するについては正当の事由のあることを必要とするのであるが、元来夫婦が互に同居義務を負うのはこれによつて夫婦相互の愛情と信頼に基き円満な家庭生活の維持を図るためである。してみると夫婦間の愛情の冷却及び信頼の喪失により差当り到底円満な共同生活の回復を期待し得ないような場合には、強いて同居することは無意味であるばかりでなく、却つて夫婦間の破綻をますます深刻にならしめるだけであるといわなければならない。従つてこのような場合には、夫婦のどちらも他方よりの同居請求を拒否できると解すべきである。すると本件の場合は、相手方は申立人に対する愛情や信頼をすつかり失い、申立人と同居する意志は全くなく、さらに申立人との離婚を決意していること前示のとおりであり、その他上記認定事実を併せ考えると、現在直ちに同居を命じても到底円満な共同生活の遂行を期待することはできないばかりでなく、却つて共同生活を破壊するおそれが多分にあるといい得る。従つて現在の段階においては、相手方は申立人よりの同居請求を拒否するについて正当な理由があるといわなければならない。

そうすると、本件申立は理由がないことになるので、これを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 小河基夫)

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